罰ゲーム!!
それはまるでドラマのような始まりだった…

 昼間の熱気に煽られた空気は上空で雨雲と化した。急に降りだした夕立に私たちは帰路を急いだ。昼から部活の仲間たちとカラオケに行き、卒業した喜びを分かち合った。しかし、夕刻になるとそれも落ち着きをみせてそれぞれの家へと帰っていくのであった。たまたま帰り道が同じこともあって一緒に帰ることになった。加奈は2歳離れた後輩に当たる。とはいえ彼女の技の切れは俺なんかよりも良くて、鈍くさい俺はいつも申し訳なさそうに道場の隅で練習していたものである。それでも彼女は俺のことを先輩と呼び慕ってくれていた。夕立の雨にやられたのか、あるいは昼のうちから熱気にやられたのか、どうであれその日の俺はどうにかしていた。卒業という節目、別れが繋ぎとめるすべを差し伸べたのかもしれない。
「あ、あのさぁ。渡したいものがあるんだけどちょっといいかな」
 夕立の中傘もささずに走る二人の影。
「え、あ、はい。なんでしょう」
 彼女のほうも打ち付けるような雨に気を取られ要領を得ない様子。家に付くころには二人ともびっしょりで髪の毛も肌にまとわりつき、かわいいとは言えない状態だった。それでも俺はかねてから用意していたテディ・ベアを彼女に差し出す。それは茶色い毛を持つ目のくりくりした熊の人形だった。
「好きです。良かったら付き合ってもらえませんか」
 なんの捻りもない率直な言葉。むしろ気取った口説き文句なんてもとから持ち合わせていない。だめならだめでそれでいい。どうせ今日で卒業なんだから。会う事なんてないんだから。俺は自分を好きにはなれない。いつもコンプレックスを持っていた。髪の毛がくせっ毛だったり、顔立ちだって良くはない。底辺にいるような人間であることは間違いない。それでも加奈は答えてくれた。
 その日俺は風邪を引いて熱を出した。雨に打たれたのか、浮かれ熱なのかは分からない。とはいえなんとも言えない。恋人を得るという喜びを布団の中で噛み締めた。

 
 加奈は進級し、俺は卒業し、学校も違うゆえに会う事はなかった。俺のほうは新生活に戸惑い、正直かまってる余裕はなかった。それでも二人の約束事。「必ず一日一回はメール交換をする」ということは守っていた。会えるときは限られていて、加奈が家に来てくれるときもあったし、俺から加奈のほうに出向くこともあった。日曜日はお互い変わりばんこにデートの主導権を握るなんてこともした。握る手はいつも緊張して汗をかいていた。それだけでも勇気の居ることだと知ったのは鮮明に覚えている。

 そして、その年のクリスマス。恋人たちにとっては最も楽しみにしている日かもしれない。誕生日や一周年も大切な日だけど、町中が一丸となってクリスマスを盛り上げる様はやはり恋人たちにとって格別のイベントなのだ。
 その例に漏れることなく加奈と俺はお台場の大きなクリスマスツリーを見に来ていた。不思議なもので恋人たちがあつまるその木の周りで3時間もたわいない会話を楽しんだ。時間は気にならなかった。買い物を楽しみ、ちょっと贅沢なディナーをいただき、クリスマスのお台場を楽しんだものだ。まわりはカップルだらけ、肩を寄せ合い、抱きしめあい。それが当たり前、まだ手を握るだけで精一杯の俺らには刺激が強く、いらない妄想を掻き立てる。
 この日俺はひとつの目標を立てていた。「絶対キスするぞ!」というもので、とはいえどんな流れでなるものかなんて到底想像に及んではいなかった。しかし今日はクリスマス。恋人たちの感覚を麻痺させるには絶好の日。今日を逃せば等分ない。しかもここはお台場。俺は加奈を観覧車へと誘った。
 クリスマスだけあって観覧車を待つ人々で溢れかえっている。待ち時間は120分。でも、加奈とならしゃべってるだけでそんな時間はないに等しいのだ。観覧車に乗ったのは日付も変わろうかという時刻。お台場の景色は絶景だった。二人は今日のこと、道場の話、世間話。たくさんたくさん話をしたのに次から次へと話題は尽きない。しかし時間が経つにつれネオンはもはや下界のものとなり、世界は孤立する。いつの間にか流れていた流行のナンバーは聞こえなくなっていた。頂上が近づいてくる。観覧車でキスなんてありきたりすぎるかな。でも加奈も口数が少なくなっている。同じ気持ちでいるのだと思う。
 頂上は不思議な世界だった。周りは漆黒の闇。となりのゴンドラとさえそのわずかな時間だけ隔離される。
「あ、あのさ・・・キスしていいかな」
 あぁ、聞かずにはいられない。とっさに唇を奪うなんてことは出来ない。鼓動は高鳴っていたと思う。でもそんなこと気にしている余裕はないんだ。
「うん、私もしたいな」
 数分前まで二人はなんてことない会話をしていたのだ。観覧車が、頂上が、世界が、24日という日が魔法を掛けたのだ。そして王子様は愛の口付けによって王女の魔法を解くんだ。

 ゴンドラが静かに傾いた…。
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by mill_wayn | 2006-06-08 22:38 | 私生活
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